1月20日(金)から始まった堀部安嗣さんの展覧会、残すところあと1週間ほどとなりました。本誌でも1ページ、記事を書いてますが、このサイトでもあらためてご紹介。建築の仕事に携わっている方は、いえ、携わってなくても見ておくとよい展覧会だと思います。

ギャラリー間の展覧会風景。事務所の様子が再現されている。パソコンでなく製図台を使っているのが、堀部さんらしい。色鮮やかな手織りのキリム(ROGOBA)やパーティションが居場所づくりに貢献している。写真提供/森桜

本誌には詳しく書けなかったのですが、展覧会と同時に発行された『建築を気持ちで考える』(TOTO出版)は、堀部さんがどんな建築に影響され、どんな気持ちで設計しているかが丁寧に描かれた好著です。アスプルンド、ルイス・カーン、フランクロイド・ライトらによる著名な建築が多く登場しますが、外側や構造や概念から捉えるのではなく、人にどんな作用をもたらすか、という視点や感覚からその建築を描いているのです。堀部さんはまさしく、そんな手法で設計をなさっているのでしょう。とにかく考えて考えて想像して想像して練って練っている……。冒頭に書いているように、「思い返すだけで気持ちが整理され、シンプルな心身になれるもの。」「特別なことではなく身近で等身大の生活に呼応する寛容なもの。」……に向けて。
「建築」というよりも「インテリア」からの視点?と考えて、でもそうではないのだと思い返します。内側=インテリアを大事にしながらも、それを構造や外や町とつなげることこそ、建築家の仕事なのだから。さらにもっといえば、スカルパの建築について堀部さんは、人がいない方が美しい建築、というようにも評しています⋯⋯それはどういうこと?と思った方は、ぜひ著書をお読みください。装飾を否定していない、というところもおもしろくて、なるほど、今後の堀部建築にはもっと色や柄や装飾が登場したりするのかしら?

公共建築や大規模な建築や海外での仕事が多いわけでもないのに、ギャラリー間で展覧会を行ったり、著書がたくさん出ている建築家は稀だと思います。真摯に設計に向かい合った結果として、堀部さんがそのような立場になったということ、すごいともいえるし、必然ともいえるのかもしれない。

おまけの話。
じつはコンフォルトは1995年の秋号と1996年の冬号で、堀部さんのデビュー作を紹介しています。堀部さんが編集部に初めてやってきたときのことは、いまも覚えてます。作品を見てくださいと連絡があって、Nさんが対応したのですが、その日は編集部みんなで掃除の真っ最中でした。でも、ファイルを見ていたNさんが「ちょっとみんな来て!」と招集をかけたのです。掃除の手を止めて、なになにと肩越しに見た写真の鮮烈だったこと。そんなことはそれまでなかったのですが、編集部一同、これは取材させてもらおう、とその場ですぐに決まった感じでした。こんな端正で美しい建築をこの若い人が?と不思議に思ったことでした。誰かの紹介で、ということもなく、堀部さんはただ、作品の写真と図面だけを携えていらっしゃったのでした。
じつは、1996号の冬号は「エクサイト・ヒル」を紹介した号でもありました。左官の久住章さんに初めて会ったのはこのときです。その話はまた追って!
(編集部・多田君枝)

以前だったら、敷物にしても無地や無彩色を使っていたような気がするので、こんなキリムを敷いているのもおもしろいなあ、と思った。手前は堀部さん愛用のドラム。写真提供/堀部安嗣建築設計事務所