今号(145号)でご紹介した「奈良町宿・紀寺の家」で最初に改修されたという「縁側の町家」。玄関の戸を開け、上がり框から座敷へ向かい、縁側に面した明るい庭に目を向けたとき、わーっと懐かしい気持ちがこみ上げてきました。祖母の家とそっくりだったからです。

小学生のころ、夏休みのたびに訪れていたそこは、「縁側の町家」と同じように市中の借家で、平屋でした。
…………格子の引き戸を開けた玄関の先、左手は一段下がった土間の台所で、流しはジントギだったな。二間続きの和室には脚付きのテレビ(祖母は大きいラジオと呼んでいた)と黒い金属の扇風機が置いてあって、その先が縁側、小さな庭と塀、まわりこんでいくとぽっとん便所。便所の帰り際には、角の軒先に下げられているタンクのぼっちを下からぶしゅぶしゅ押して(吊り手水というらしい)手を洗い、そこに下がってた手ぬぐいで拭いたっけな。寝るときや雷が鳴ってるときには蚊帳を吊ってもらって従姉妹たちと大騒ぎしたな。お盆のときは神主さんが来て、ひとりずつ榊を供えるのだけれど、自分が神妙にしているのがなんだか可笑しくてクスクス笑っちゃったな。…………とかなんとか、なんだかもう、どあーっと記憶が蘇ってきてしまったのです。
共に取材に行った秋川さんも同様だったらしく、取材よりも先、思い出大会が始まっちゃって、たいそう盛り上がってしまった次第。
主である藤岡俊平さんいわく、ここに懐かしさを感じる人は多くて、その気持ちを味わわせようと親を招待する人もいる、とのこと。なるほど、それはいい親孝行だろうなあ、と納得しました。

さて、その後は冷静になって取材しましたよ(キリッ)。それにつけても、日本の家はやっぱりよくできてるなあ、とつくづく納得。いいなあって感じるのはノスタルジーだけじゃない、これは普遍の価値なんじゃないか!、と強く感じました。
そしてなにより強調したいのは、この「縁側の町家」、ボロボロの空き家だったという事実です。改修前の写真を見せてもらうと、普通はつぶしてしまおうと考えるだろうというほどの傷みようでした。それでも、大家さんの理解、使おうとする人の情熱、職人さんの技術があれば、こんなにも蘇るのですね。
空き家が問題になっている昨今ですが、こういう事例を知っていただきたいな、と思います。さて、続きは本誌で!

追伸、こんな展覧会も開催中です。(編集 多田君枝)

奈良町宿 紀寺の家「縁側の町家」

奈良町宿 紀寺の家「縁側の町家」




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