新連載「実測野帳は語る」ー渡邉義孝さんのこと

SNSで日々の動向を知るにつけ、その行動力や発信力に驚き、感心させられる、そんな人たちがいる。私にとってその筆頭と言っていいのが、建築家の渡邉義孝さんだ。

なにしろ、あちこち飛び回っている。北陸で古い町家を実測している、と思えば、翌日は尾道で移住希望者の相談に乗っている。長野で地震があったとなれば、いち早く現地へ赴いて自分が役立てることを探す。加えて講演会をこなし、学生たちに教え、もちろん設計活動もなさっている。その最中には、スケッチを交えた綿密な記録ノートをつけ、写真も撮る。さらには、資料を探し、検証してまとめる。

古い建物の実測図から全国各地に点在する土蔵、引手や釘隠しの写真まで、その記録の量は膨大で、かつ整理されている。自分が見たもの聞いたもの、そのなかで感銘を受けたことはすべて記録しようとしているのではないか、と思われるほどだ。

一度、渡邉さんの実測に同行させていただいたことがある。東北に、理不尽な理由により取り壊しを求められている土蔵があるとお伝えしたところ、せめて記録をと、ボランティアを申し出てくださったのだった。

それは、泣きたくなるほど素晴らしい場所にある、質実で堂々とした見事な土蔵だった(その物語はいつかまとめたいと思っている)。

現れた渡邉さんは地下足袋姿で、腰には道具入れを下げ、手にはコンベックス。見るからにてきぱきしている。限られている時間のなか、どこまで精度をあげられるか、スタートラインに立った長距離ランナーみたいな緊張感が感じられる。

猫の手くらいにはなるだろう、と私も手伝ったのだが、当然のことながら実測は初心者には(というか、私のような不器用者には)そう簡単にはいかない。ここからここまでを測る、といっても、「あらあら斜めになっちゃった」「面がとってあるけど、どこを基準にすればいいのかな」「わ、紙からはみ出ちゃった、書き直しだ」などと手間どるばかりで、まるですすまない。

さて渡邉さんは、と目を向けると、なにやら一人でしゃべっている。え?と耳を澄ませてみると、顔の前に固定したICレコーダーのマイクに向けて自分の声を録音しているのだ。

「2階の垂木。断面は105カケ140、ピッチはえーと606。次。太鼓梁断面。270カケ470」……。たしかに測っては書き、測っては書き、を繰り返すより、手で測りつつ、口で記録するのは効率のよいやり方なのだろう。すらすら専門用語を交えつつしゃべっている様子は、カルテへの記入を指示する歯医者さんか、着陸を誘導する飛行場の管制官(実際見たことないけど)のようでもあった。

実測中の渡邉さん。
実測する渡邉さん。

 

渡邉さんがお声がけしたふたりの女性も手伝ってくださって、実測は無事、終了した。とはいえ、もちろんこれで終わりではない。この原図を元に、渡邉さんは録音を聞きながら清書をするのである。この作業はときには列車の中で行われる。どんだけ時間を無駄にしないんでしょうか。

紙もペンも実測の道具も、これが使いやすいというお気に入りがあるらしい。何事も適当にはせず、自分の方法を究める。そんな指向は、腕のいい職人に通じていると思った。そう、渡邉さんが心から大切に思い、それが存在していたことを記録しておきたいと願う対象は、まさに大工や左官といった職人たちの仕事、そしてその建物に思いを込めた施主たちなのだろう。

さて、コンフォルトのリニューアルを機に、そんな渡邉義孝さんの連載が始まりました。タイトルは「実測野帳は語る たてものとの対話と旅」。渡邉さんがなぜそこまで古い建物に惹かれるか、その気持ちが伝わって、建物やその背景への興味がかき立てられます⋯⋯。ぜひお読みくださいませ。 (編集部 多田君枝)

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