149号で“もてなしのあかり”をテーマにまとめた、箱根・強羅の「強羅花壇」。誌面の都合で掲載できなかったシーンも多数あり、そのうちのいくつかをピックアップしました。撮影/淺川敏
建物に人為的にうがった窓も、太陽光を光源とした照明と言えるかもしれません。この写真は、EVホールから客室へと向かう廊下の一部で、床から腰高までが窓になっています。まるで大徳寺・孤篷庵(こほうあん)「忘筌(ぼうせん)」のようで、視線は自然と下へ。そこには池があり、悠々と泳ぐ鯉の姿と、ゆらゆらときらめく波紋が目に映ります。この自然光に満ちたパブリック空間から、光量を抑えたプライベート空間へ、そのコントラストのあるシークエンスも、旅の物語を引き立てる要素となっていました。
1989年に大規模改修を行った際に、メインとなる柱廊について「大きな行灯をイメージして設計に取り組んだ」と荻津郁夫さんは振り返ります。ハイサイドにあたる部分はガラスで和紙をはさんでおり、障子のように光を和らげる効果を発揮していました。写真は、プールに採光するガラスブロックの屋根に上がって見たところ。日が落ちると多様な光が洩れ出てきます。
柱廊の床は、渋みのある色合いのいぶし瓦。メンテナンスのおかげで深みのあるツヤを見せていました。そこに天井の間接照明の光が落ちると、テクスチャーが浮き上がってきます。じっと見ていると、なんとなく市松にも見えてきたり……。湿式でつくられたんだろうな、とか、裏足の方向を互い違いにして貼っているのかな、など、素材そのものにも注目してしまいました。
「強羅花壇」はオープンから、ほぼ毎年のようにリニューアルをし続けています。宿泊客の声を反映したり、時代を鑑みたり……。とくに客室はそれが顕著に表れています。たとえば、写真は、2室だった客室をひとつにつなげた例(4階「鈴蘭」)。Rを描く開口の向こうに、直線的な障子の光壁が垣間見えます。この開口は界壁のうち構造に差し障りのないところを部分的にうがって、火灯口のようなデザインに仕立てたとのこと。
さまざまなタイプの客室があるうちの3階「あけび」。ここは椅子式のダイニングコーナーがあって、筬欄間を活用したパーティションがベッドルームとの結界になっていました。椅子の座面は低く、庭を眺めながらゆったりと、そして密度の濃い食事の時間を過ごせそうです。ベッドヘッドには繊細な組子の欄間が取り付けられており、部屋全体が統一感のある意匠でまとめられていました。
今回は、すべての客室を見学できませんでしたが、リピーターの心をつかむエッセンスが見てとれました。(編集部・阪口公子)