『建築家・坂倉準三と高島屋の戦後復興-「輝く都市」をめざして―』

東京・日本橋の高島屋史料館TOKYOにて、高島屋創業190周年を記念した展覧会「建築家・坂倉準三と高島屋の戦後復興」が、9月15日から開催されている。

神奈川県立近代美術館(現在の鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム)、新宿駅西口広場など、日本の高度経済成長期に呼応して数々のプロジェクトを手掛けた坂倉準三(1901-1969)。日本近代を代表する建築家の1人でもある坂倉が、高島屋の戦後復興と関わりがあったことは、あまり知られていない。本展ではそこにスポットをあてる。

1929年に渡仏した坂倉は、ル・コルビュジエ(1887-1965)に師事し、1937年のパリ万国博覧会で日本館〉を設計する。高島屋はそこに出品していた。坂倉と高島屋との初めての協働は1948年に竣工した高島屋和歌山支店。木造の小規模な百貨店ながら、バタフライ屋根とその下に広がるスロープ空間が、坂倉の都市的な視点から発想されており、調和のとれた近代的な百貨店空間を印象づける作品であった(現存せず)。各階をスロープでつないだ斬新かつ近代的な百貨店空間は、現在につらなる商業施設の先駆けともいえる。
続く、高島屋大阪難波新館改増築(ニューブロードフロア)では、戦争で被災した南海難波駅の高架下の大食堂跡(地下部分)を売場へと改築。交通空間と商業施設の複合建築を実現させる。これらの成功が、のちの1957年に南海電鉄との事業、南海会館(現存せず)の設計を担当するに至る。

『建築家・坂倉準三と高島屋の戦後復興-「輝く都市」をめざして―』高島屋史料館TOKYO
高島屋大阪難波新館改増築(1950年) 高島屋史料館提供

さらに、坂倉と高島屋の関わりは建築だけにとどまらず、フランスの建築家・デザイナーであるシャルロット・ペリアン(1903-1999)との交流を通して、1941年に東京・日本橋高島屋にて「ペリアン女史日本創作展覧会 2601年住宅内部装備への一示唆 選擇・伝統・創造」展を開催。1955年には「巴里1955年―芸術の綜合への提案―コルビュジエ、レジェ、ペリアン3人展」が開催されている。
戦後の社会が高度経済成長と大衆消費に向かうなか、坂倉は高島屋との仕事を通じて、都市への人口集中、交通の混雑、商業施設の大型化など、複雑化する機能をはじめとする諸条件を、合理的に解決することに挑んだ建築家であった。

『建築家・坂倉準三と高島屋の戦後復興-「輝く都市」をめざして―』高島屋史料館TOKYO
新宿西口広場・地下駐車場(1966年)文化庁国立近現代建築資料館所蔵

本展では、坂倉と高島屋の仕事が、のちに彼が取り組んだ都市デザインの代表作といわれる渋谷の東急会館(1954年竣工、現存せず)や新宿西口広場・地下駐車場(1966年)へと接続し、坂倉の都市デザインの礎をつくったこと、また、坂倉が高島屋と協働し、多くの人々が集まる百貨店という公共空間を、どのように快適で美しい空間へと創造してきたかを紹介する。

『建築家・坂倉準三と高島屋の戦後復興-「輝く都市」をめざして―』高島屋史料館TOKYO
展覧会フライヤー(南海会館付近 鳥観写真)

展覧会の監修を、建築史家の松隈洋氏(京都工芸繊維大学教授)が担当。会期中の12月に、松隈氏を講師に招いた講演会を開催予定(詳細が決まり次第、公式ウェブサイトにて発表)。

information

『建築家・坂倉準三と高島屋の戦後復興-「輝く都市」をめざして―』
会期:2021年9月15(水)〜2022年2月13日(日)
※12月15日(水)より一部資料の展示替えあり
会場:高島屋史料館TOKYO(東京都中央区日本橋2-4-1 日本橋高島屋S.C.本館4階)
開館時間:11:00-19:00
休館日:月・火曜、年末年始(12月27日[月]~202年1月4日[火])
入場料:無料
※会場では新型コロナウイルス感染症対策を実施中
今後のコロナ拡大状況などを踏まえ、臨時に休館あるいは開館時間を変更する場合あり
最新の開館状況は、主催者・会場のウェブサイトにて随時掲載

高島屋史料館TOKYOホームページ
https://www.takashimaya.co.jp/shiryokan/tokyo/exhibition/

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