取材・文・写真(特記をのぞく)/北原孝一 Koichi Kitahara(建築資料研究社出版部)
協力/イタリア大使館貿易促進部 取材協力/アークテック・リビエラ
2025年9月22日~26日の5日間、今年もセラミックタイルとバスルームを中心とした水まわりの国際見本市「第42回CERSAIE(チェルサイエ)」がイタリア北部エミリア・ロマーニャ州の州都であるボローニャで開催された。
折悪しく初日と最終日に交通ストがあった影響か、来場者の前年対比は減少したが、94,577名が来場、会場内は熱気に包まれ、国際的な見本市としての魅力は持続していた。総面積155,000平方メートルの16ホールという大規模な会場に総出展社数627社のうち343社がタイルメーカー。「タイルの祭典」と呼ばれるに等しい見本市だ。
COLOURS
まずは、サーフェスの印象からお伝えする。昨今のインテリアのトレンドとして定着している、カラートーンを統一させて空間を構成する傾向はタイルにも影響しているようだ。スカンジナビアや日本のインテリアが特徴とするような、静謐な佇まいを演出できる色彩提案が散見された。
テキスタイルのトレンドとも相まって、落ち着いた暖色系のアースカラーをはじめ焼き物らしいテラコッタ色、サハラベージュからアイボリー、深みのあるグリーンからインディコ、アクアマリン系のブルー、そして定番のグレーなどの配色が人気だ。このミニマムで調和をベースにした色彩計画とデザインが定着するものなのか一時的なものなのかは、しばらく静観する必要があるだろう。
SHINY & REFLECTION
落ち着いたカラートーンがトレンドとなると、相反する存在として、光沢とリフレクションのあるタイルがコントラストを生む。マットな仕上げのタイルにアクセントとしてグロス感のあるタイルを組み合わせる、メタリックなタイルで空間にエレガントさを増すといった手法に加え、ミラーとほぼ同等の表面反射をするタイルも登場。タイルの壁面の一部をミラーとするようなデザインが可能となり、新しい提案ができそうだ。
STONE LOOK
石目調の人気はチェッポ・ディ・グレ柄。チェッポ・ディ・グレとは大小の石が入り混じって堆積した礫岩で、奥行きや躍動感を表現したものから、細かい粒子でセメント調に寄った空間の背景として使いやすいものまで、グレー系のさまざまな柄が見られた。
一時期、会場を席巻したクォーツ系の大理石を見ることは少なくなった。どうやら欧州での人気が下火になったことが事情らしいが、中東、アジアでは人気持続中なので、多少、ニーズのズレが生じているようだ。実際、ドイツの製造業の不振など欧州の景気が下振れになっている影響か、保守的なデザインが先行していると思われ、トラバーチン柄やグレーの石灰岩など、定番として知られる石目がボリュームを持って提案されていた。また、コロナパンデミック以降、テラゾー柄の人気は安定。しばらく続きそうだ。
FINISH
壁紙と違って硬質で厚みのあるタイルは、ミニマム傾向にあるインテリアの空間価値をアップしてくれる存在でもある。見た目だけでなく手触り感や仕上げのバリエーションも豊富だ。しっとりとした手触り感のマット仕上げから天然石を研磨したようなグロスまで、同じ配色と柄で仕上げが選択できる製品も出展されていた。
また、ここ10数年ばかりタイルに施される3Dインクジェットプリントの主体になっていたのは天然石のデザインだったが、経年変化した素材の味わいさえも表現できるようになってきたことも、大きなトピックである。
というのも、見本市会場のあるボローニャは、中世の面影を今なお色濃く残している。ポルティコという列柱が並ぶ回廊が建物の前の歩道となっていて、雨にも濡れず安全に歩くことができ、その床面は主に天然の大理石や職人が施工したテラゾーである。それらは長い年月で擦り減り、角が丸みを帯び、艶が生まれている。ラテン語でその美しさを「パティーナ」と呼ぶが、現在では3Dインクジェットプリント技術によって、タイルでもそれが可能となったのである。角を荒く削ったり、小叩きで仕上げるといった天然石や職人技によって成し得た領域が、レディメイドの建材に差し替わる可能性が増えそうだ。
ANTI SLIP
施釉の面で印象的だったのは、水回りの床用タイルだ。滑りにくさが求められるため、イタリアをはじめ欧州ではその度合を、ドイツ規格協会が定めたDIN規格の「R値」として表記している(日本ではJISによる「C.S.R値」)。R9~R12の分類があり、R値が大きいほどグリップが効くことを示す。
それには、表面を荒く仕上げたり、細かい粒子が混入したような釉薬で施釉するのが一般的だが、屋内用に比べて凹凸があるため、汚れが溜まったり、見た目に多少白く濁る傾向が難点であった。しかし最近では施釉の技術が向上し、一見、屋内用と遜色がないようになってきた。このため、屋内外の床をシームレスなデザインにすることが可能となり、汚れ防止にもつながっている。
CUSTOM MADE
タイルに厚みを持たせることで、さらに天然石に近い使い方をする事例が増えそうだ。日本でもシステムキッチンの天板へのタイルの採用が認知され始めているが、その場合はトメ加工なり出隅入隅の処理が必要となるだろう。しかし、会場で展示されていたのは6~20㎜厚で小口まで柄や色のついた、まるで天然石のようなタイルだった。
製法としては無釉のフルボディタイプと、小口まで施釉するタイプがある。パウダー状の基材を積層して焼成して仕上げるフルボディタイプは、カットしても小口に柄が残るため、現場加工にも対応する。一方、施釉のタイプは小口にも天板と同様の施釉が施してあるのでフルボディタイプよりもリアル感が高い。ただし、現場加工すると地が現れてしまうため、厳密なサイズ発注が必要となる。
キッチン天板のほか、面材、洗面台、テーブル天板、什器棚、建具、窓枠面台、オブジェなど用途は広く、床、壁、キッチン、家具を同じ柄で構成することが可能となる。キッチンやテーブルなどは、目の前にあり手で触る場所であるからこそリアルなテクスチャを選びたい。また、タイルは不燃材料なので、ホテル、レストランなど非住宅での採用も期待できる。
JAPANESE TILES
イタリア最大のタイル生産地は、ボローニャから車で北へ1時間ほどの距離にあるエミリア・ロマーニャ州モデナ県サッスオーロ市と、その隣のレッジョエミリア県である。日本はというと、岐阜県多治見市、可児市、愛知県常滑市がタイルの主な生産地。2025年のチェルサイエは、今回で11回目の出展となる岐阜県可児市のTNコーポレーションをはじめ、多治見市のエクシィズ、大阪の平田タイルが設立したYUKARI CERAMICSと、日本から3社が出展した記念すべき年でもある。
最新のインクジェットプリント技術と対極にあるような焼き物らしい厚みのある釉だまりや流れ、貫入といったメイド・イン・ジャパンの風合いは、会場でも前向きに受け止められたようだ。今後の展開が楽しみであり、応援したい。
NEXT DESTINATION
タイルは焼き物。古来、土と水と火を用いて焼成しているので仕上がりを均一にするための苦労とロスが山積していた時代が長かったが、インクジェットプリント技術の進化によって均一性とバリエーションの両方を実現できる時代になった。また、より大きくより薄く、大判・スレート化が進む一方、厚みを増して空間だけでなく造作するためのマテリアルにもなるタイルは、その領域を着実に拡げている。今後、タイルは何処へ向かっていくのか。
現在の到達点を明確に伝えてくれたのはLAMINAM社。ブース内の壁面、建具面材、家具に2㎜厚の大判タイルを張り、質の高い空間に仕上げるためのタイルをプレゼンテーションしていた。また、環境に対してはサーキュラーエコノミーの一端を担える建材としてのタイルをアピールするメーカーも。ATLAS CONCOLD社やFIANDRE社の工場は太陽光発電、水素ガスの活用といった二酸化炭素対策や環境配慮への取り組みを具体的に始めている。MIRAGE社は昨年から未使用タイルの再利用や廃棄物のリサイクルを目指したタイル製造に取り組んでいたが、今年は太陽光パネルから回収した廃ガラスを組み込んだ新シリーズも発表。リサイクル率を63%まで押し上げることに成功した。
簡易施工や軽量化を目指してタイルから離れたメーカーも存在するTECNOGRAFICA 社だ。タイルではなくアルミ基材にインクジェットプリントを施し、薄くて軽量、耐久性もある壁面や家具の面材としての提案が昨今、注目されていたが、今年はさらに驚くことに外壁、床材としても提案していた。
約4650年前、古代エジプトから始まったタイルの歴史はいまも進化を続けている。製法、施工、デザイン、そして環境に優しいものづくり。緩やかなパラダイムシフトに立ち会えるのがチェルサイエのような専門的な見本市の特徴だろう。
タイルは何処へ、の答え探しはこれからも続く。今から次回の開催が楽しみだ。次回は2026年9月21日~25日の開催を予定。